腹腔鏡下での肝臓外科について

腹腔鏡下での肝臓外科について

現在、動物医療における肝臓腫瘍(犬の肝臓癌や肝細胞腺腫など)に対する肝切除術は、一般的に開腹下で行われており、広範囲に及ぶ体壁切開を必要とし、動物の身体に大きな侵襲を与える手術として認識されています。 また、犬の腹腔鏡下肝切除術は、ステープラーもしくは縫合糸を用いた肝門部一括結紮による、主に左肝区域での切除が報告されていますが、右、中央肝区域切除や小型犬への適応が困難であることが課題となります。また、臨床例の報告は極めて稀であり、定型化された術式や手術適応基準についても示されていません。 それに対し、人医療においては、肝細胞癌、肝内胆管癌、他臓器からの転移性肝癌、肝嚢胞などの良性腫瘍、生体肝移植におけるドナー肝切除などに適応範囲は拡大し、肝部分切除のみならず、系統的な腹腔鏡下肝切除術が幅広く実施されており、体壁の切開が最小限となることなどから低侵襲治療として位置付けされています。 そして、安全な手術を行うことにより、開腹手術に比較して出血量が少ない、術後の回復が早い、腫瘍学的予後に有意差が認められないなどの有益性が数多く示されています。 そこで、私たちは、Glissonean pedicle approachを用いた系統的腹腔鏡下肝葉切除術を応用し、右肝区域、中央肝区域を含めた肝切除を可能とする取り組みを行い、動物たちの身体に優しい医療を届けることを目指しています。

メリット

①拡大された鮮明な視野で繊細な手術を行うことができます
腹腔鏡下肝切除術は、内視鏡下で得られた拡大した鮮明な視野を用いてグリソン鞘を露出・切離が可能となります。肝臓腫瘍が比較的大型であっても、比較的狭いスペースでのグリソン鞘処理が可能です。
それはステープラーを用いた肝切除や縫合糸による肝門部一括結紮法では右肝区域、中央肝区域への適応が困難であり、比較的大型の肝臓腫瘍が肝門部に近接して発生している場合においても適応困難となります。
しかし、本術式においては右肝区域、中央肝区域への適応が可能となり、比較的大型の肝臓腫瘍が肝門部に近接して発生している場合においても切離できる可能性が高くなります。

②小さなきずで手術を行うことから痛みが少なく、術後の早期回復が期待できます
開腹手術に比較して最小限の切開創で手術を行うことから痛みが少なく、切開創の早期治癒が期待できます。術後のきずの管理も容易となり、消化管の外気への暴露が最小限なることにより消化管機能の温存が期待できます。
実際に行なった腹腔鏡下肝切除術の術後経過として、手術翌日には食欲元気などの一般状態は良好となり、平均入院日数は平均3日間でした。
5~10mm程度の5カ所の切開創で手術が可能となり、その一つの切開創を3~7cm程度(肝臓腫瘍の大きさの半分程度の大きさ)に拡大することで切除病変を体外に摘出することが可能となります。

③術中超音波検査によって安全性、確実性の向上が期待できます
必要な場合、術中超音波断層装置を用いた術中超音波検査による切除範囲の決定と脈管走行の確認を行うことによって、肝臓腫瘍と脈管との位置関係を把握し、肝離断中に処理、温存が必要な脈管を確認することが可能となります。術中超音波検査は、超音波プローブを直接肝臓に接触させることができるため、より鮮明な画像診断が可能となります。

開腹手術による肝切除手術の切開創
写真提供:福井 翔先生(江別白樺通りアニマルクリニック病院長 日本小動物外科専門医)のご好意による

腹腔鏡手術による肝切除手術を受けた切開創

術中超音波検査で肝臓腫瘍の浸潤範囲と周囲の血管走行の確認を行っている様子

デメリット

①肝臓組織を傷つけやすく不用意な出血が起こりやすい
柔らかな肝組織を取り扱うにあたり、内視鏡手術専用鉗子を用いることによって、正常な肝実質や肝臓腫瘍の損傷による不用意な出血や腫瘍細胞の播種を引き起こす危険性が増大し、主要血管の損傷による不慮の出血への対応が困難になります。

②手術時間が延長しやすい
人医療においても、手術時間は開腹手術に比較して延長しやすいと言われています。動物医療においても同様に手術時間の延長がデメリットとなります。
よって、腹腔鏡下肝切除術を行うには熟練した手術経験が必要となります。術前の動物の病態を把握し、麻酔によるリスクを把握し、開腹手術と腹腔鏡手術のどちらを適応するかの正しい判断が必要となります。

③不慣れな技術での手術は事故を誘発しやすい
肝臓に対する外科手術を行うには熟練した高度な医療技術が必要です。腹腔鏡手術を行うためには、それ以上に高度な技術が必要となります。私たちは、人医療の肝臓外科医の指導の下、安全、確実に手術の適応判断、病態の把握、高度な技術提供を行なっています。

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